2009年 4月 26日
筍ごはん弁当
筍ごはん(酢飯)の上に のせてっと。
わかめと塩コショウした豚肉の薄切りをくるくるっと巻いて焼く。
先週1週間のうち、月曜日を抜かして あと6日は 孫が家に来た。
こういう週も珍しい。来れば 6時間から8時間ぐらいいることもたびたび。
「表彰状をあげたいくらい」と言ったら
「誰に?」という話になった。
遊んだり めんどうをみてあげるジジババか?
元気にかわいい笑顔をふりまいてくれる孫か?・・・
いえいえ〜やっぱり〜自分の実家がすぐそばにあるのに、(そちらには
孫が4人いるせいか、)そちらに預けずに、私達を喜ばせようとこちらに
連れてきてくれるお嫁さん(ママ)でしょう!ということになった。
2009年 4月 18日
カツオのカルパッチョ
にんにくのみじん切りをたっぷりのせて。
昨日は、前回に比べ 快適な往復だった。
美しい若葉の緑を堪能する余裕があった。
灰色中心だった油絵の上から、少しずつ微妙に違ういろいろな黄緑が重ねて
塗られ、春色の絵が過去の部屋に飾られた♪
委員会の話し合いも有意義なものだった。
前向きで積極的な活動が展開できそうだ。
前回は、帰り道 大渋滞にまきこまれ 運転しながら車酔いしてしまい、
ビニール袋を抱えていた。
今回は、守られているという実感をひたひた感じながら歩める幸せに酔った。
2009年 4月 17日
旬のアスパラ巻き弁当
・アスパラなどのベーコン巻き
・大根 昆布 さつまあげの煮物
・サワーキャベツ
きょうは「 福祉村委員会」がある。
会計報告もできている。
ふたりのS牧師をはじめとして 大好きな尊敬する先生方にもお会いできる。
なのに 気が重い。
なぜって。。。。あそこまで私にとっては 遠い〜〜〜〜〜〜〜〜
運転して行くのがきつい。
車で行ったほうが便利だから、車で行きな〜と夫は簡単に言うけれど。
実際 車の運転も助手席に乗るのも 好きじゃない。
私より遠い所から行かれる方々もある。
偉いなあと思う。
お昼頃には出かけないといけないのに、なんとかさぼれないものかとまだ考えている。
花の手入れをしたり、孫と遊んでいるほうがずっといいなぁ〜なんてね(+o+)
”やりたいこと”がかたまりになって 押し寄せてくる。
どうせ行かなければいけないというのに、無駄なエネルギーを使ってるな、
そんなかたまりと闘うとは。
2009年 4月 15日
アスパランラン弁当
・きんぴら
・ハムと玉ねぎ入り卵焼き
・シイタケとアスパラガスの天ぷら
・ブロッコリー アスパラガス かぼちゃ レタス トマトのサラダ
次々と出かけていく三男、夫、二男のためにお弁当を作った。
こんな朝がまた来るなんて、正直 想定外。
三男は給食を取るとばかり思っていたら、「作ってくれる?」ときた。
それを聞いた二男が、すかさず「オレにも作って!」
そう言われれば、喜んで作る母であると子供たちは思っている。
夫には、必要なとき 時々作っていたが、お弁当作りは卒業したつもり
でいたことを夫は知っているので、申し訳なさそうに持っていっていた。
「作って!」と言われて「いいよ♪ どんとまかして!」と子供たちに言った
のを聞いて、あとから こっそり 夫が言った。
「えらいねぇ〜嫌な顔しないでああいうふうに言って」
そうまで言ってもらったら 頑張らないわけにはいかないわ。!(^^)!
いつも朝はグズグズしているのに、今朝は勢いよく起きて、畑に行き
アスパラガスとブロッコリーのわき芽を採り、倉庫から玉ねぎを持って
きて、冷蔵庫をチェックし お弁当づくり開始〜♪
家族がそれぞれ 元気に出かけていくことに心から感謝したい。
それぞれの大変さを思えば、お弁当づくりなんて チョチョイノチョイよ。
2009年 4月 09日
イカと椎茸のバター焼き 新玉ねぎかけ
大昔 ほんの少しだけ小学校の教師をやっていたころの教え子に道で
ばったり会った。焼津に引っ越してきたのは年賀状で知っていたし、10年ほど
前には、子供さんを連れて遊びに来てくれたこともあった。それにしても〜声を
かけてもらわなければ気付かなかったかもしれない。
私は車で細い道から、太い道へでようとしていたとき、前を自転車で横切った
のがTちゃんだったのだ。 私のほうをずっと見ながら走っていくから、前に
来過ぎなのかなと思って、ごめんなさ〜いとお辞儀してバックした。
自転車を止めてこちらに来るので、ちょっとあせった。文句言われるのかと
思ったら、「○○先生じゃないですか?」って。
「あっ Tちゃん? 懐かしい〜〜〜っ!」と二言三言話したところで、後ろ
から バイクが来たので、そのまま別れた。
私は新米の教師で、Tちゃんは小学1年生だった。
別れたあと車を運転しながら、Tちゃん Tちゃんと何回呼んだだろう。
「Tちゃん」
その響きに酔いながら、幼かったTちゃんを思い出していた。
できるものなら、あのころのかわいいTちゃんや他のみんなにかけよって、ひとり
ひとり抱きしめたい。
「Tちゃん 私のこと よくわかったね」
「Tちゃん ありがとうね、声かけてくれて」
「Tちゃん ちっちゃな泣き虫の子だったね」
「でも Tちゃん まじめでしっかりした子だった」
「Tちゃん 私 あのころは 未熟な先生だったね、ごめんね」
そして、Tちゃんとご家族の幸せを祈った。
あれから35年以上?! たち、すっかり ひとりごとの多いばあちゃん先生と
なりました。
2009年 4月 08日
退職祝
「子供一同」の文字が嬉しい。
180何人かの職員が働く学校の校長という責任から解き放たれた。
退職した次の日から、NPO法人となったばかりの施設の基礎づくりのために
調べたり あちこち出かけたりしている。
それでも週3日ぐらい働くことにしようとしているので、余裕がある。
時間的にもだけでなく、精神的にも余裕があるってことはすばらしい!
定年を迎える前から こんな時間の使い方ができたらよかったのに。
働き過ぎなくらいに働かないと認められない日本では、毎日ひたすら遅くまで
働いて 心も体もすりへらして 定年を迎えるのが一般的だろう。
働き始めて10年ぐらいとなる長男や長女が自分の位置を確立し始めている社会に、
そして 夫が一段落終えた社会に、4月から いよいよ末っ子がとびこんでいく。
ワイシャツのアイロンかけは二人分となり、研修期間が終わるとお弁当づくりも
再開する。
小学校にあがったばかりのピカピカの1年生だったころ、帰ってくると子供から学校
の様子などいろいろ聞くのが楽しみだった。社会人1年生の息子は、あのころのよう
な無邪気さはなく、疲れて帰ってくるので 話しかけるにも気を使うが、毎日姿を見られ
て幸せ♪