2006年 7月 20日
インゲンとポテトのソティ
フライパンにオリーブオイルを入れ、じゃがいもとインゲンを別々に塩こしょうしながら炒め あとで合わせた。
明日は、義母と私の誕生日。ふた周りほど違い、血液型も同じ。
ほとんどの女性は、結婚記念日や誕生日を家族(特に夫)に覚えていてほしいと思うものだ。「覚えてくれているイコール気にかけてくれているイコール愛されている」と思えるからだろう。
結婚して32年 我が夫(自分の母親と妻が同じ誕生日だというのに!)覚えていたためしがない。覚えていてくれたら きっと前のような図式をあてはめ それはそれで嬉しいだろうけど、毎年今年こそはと期待しがっかり〜〜を繰り返しているうち→「覚えていない イコール 気にかけてない イコール・・・・」とはならないこともあると思うようになった。そう思うほうが平和だから♪「明日 お母さんと私の誕生日なんだよ」と今朝言ってみた。「ああそうなんだ〜電話メッセージを送ろうかなあ」ですって。はたして明日まで覚えているだろうか??義母が起きている時間帯に思い出しそうになかったら 教えてあげることにしよう。
2006年 7月 18日
オクラ入りポテトサラダ(夫作)
お蔵入り〜とかけているわけではなく・・オクラが採れだしたので 入れたのだそうだ。あるもので作る私のやり方と違い、決められたものしか入れないのが夫流だったが、今回は冒険してみようという余裕が見られる♪
母をお料理屋さんに誘った。
生野菜の隅についていたポテトサラダが家のサラダと味が違うという話になった。「お母さん 私 ポテトサラダを作れるんですよ!」と夫が笑顔で言うと「ポテトサラダなんて ラクだもん〜作れるでしょうよぉ、ただ茹でるだけジャン」といつもの身もふたもない言い方の母。共稼ぎの私の弟は、料理のレパートリーが広い。それに比べれば、ポテトサラダごときで、ほめることはできないというのもわかる・・が、娘婿にさえ気を遣うってことをしない母に、夫も慣れているとはいえ「いやいや 茹で方が違うんだよねぇ、(笑)パセリや玉ネギやいろんなものが入っていてすごくおいしいんだよ」と私(^_^;)
2006年 7月 14日
インゲンとナスのしょうが焼き
夕方〜スーパーのお肉コーナーにいたら、後ろのほうから 幼い女の子の声がした。
「あっ ここに あ・た・・り・・って 書いてある!これ あたりなの?」
_(^^;)ツ アハハ ほんとだ〜当たりって 思っちゃうよねぇ〜当たりだったらいいのにねぇ♪と言いたくなるのをぐっとこらえ、お母さんらしき人は どういう反応をするだろうと耳をダンボにしていた。「100グラムあたりってことなのっ」とうるさそうに ぼそっと言っただけ。
きっと ひらがなが少し 読めるようになったとこなんだろう。折角 読めたのになあ・・・まずほめてあげて、”あたり”ということばでも 意味が他にもあることをお肉を見ながら もっとわかりやすく教えてあげればいいのになあと残念に思った。
一日の仕事が終わり お疲れだとは思うけど・・
心にも時間にも余裕をもって、親子で行けば(たかが買い物でも)勉強になることが沢山あるのに。目移りして あれもこれも欲しいところを我慢しお菓子をひとつに決めること〜小さなことでも 自分で決める経験を積み上げていきたいものだ。
人生は選択の連続だから!
あらら・・試食品のさくらんぼを何個も食べている。。。。みんなで味をみるようにおいてあるんだから ひとつにしようねと社会のルールも教えなきゃね。
2006年 7月 07日
きゅうりとナスのしょうが・青ジソ和え
きゅうり・ナスを切り、塩をふり冷蔵庫でしばらくおいたものを絞り、しょうが・青ジソを混ぜる。
今日は、HP4歳の誕生日。
押入れには、服も着せてもらえないまま 製作途中でほっとかれてる人形や
あと片足がなかなかできない網かけの夏のスリッパ。
机の上には、いつも同じところにしおりがはさんである漢字勉強本や・・・
そんな私だから、まさか 4年も続くなんて 思わなかった。
続けられたのは、訪問してくださる方々の温かい眼と言葉のお陰です。
ほんとに心から ありがとうございます!
三浦綾子さんは、本を書く前に 必ず お祈りをされたそうです。
神様と人に喜ばれるような本が書けます様にと祈ったことでしょう。
大作家の三浦綾子さんのマネをするのもおこがましいことですが、同じクリスチャンとして 見習いたいと開設当時はHPを更新するとき実行してました。
が、最近は 忘れがち〜
こういう記念日には”初心にかえれ!”とよく言われることです。
ときめき感で一杯だったあの頃の初々しい思いを取り戻すのは無理・・・
だとは思いますが、振り返り 思い出しながら 5年目に向け ひとり
☆□\(^_^ )カンパーイ!でもしてみます。
これからも どうぞよろしくお願いしますm(__)mペコ
2006年 7月 03日
モロヘイヤのおかかと海苔かけ
醤油をタラッとかけて〜♪
昨日 夫がポテトサラダを(また)作ってくれた。
味はモチロン 野菜のバランスといい すべて完璧!
「こどもの友」という福音社の絵本「サンドイッチを作ろう」(だったかな?)という絵本に書いてある通りの順序とやりかたで作る。
私の作り方など聞こうともしないで それを料理本がわりにして 作り始めたのが、最初はちょっと 気にいらなかったが。
私はいつも 分量もなにも 計りもせず カンでやるので 頼りにならないと思うのも わかる。
しかし、長い年月暮らしてみて 観察するともなく観察したところによるこの年代の男性心理の奥底には、たとえ料理とはいえ 妻に教えてもらうなんて 男の沽券にかかわる!というような男尊女卑的意識がかすかにチョロチョロと流れているのが見てとれる。
”男女席を同じゅうせず”の時代を生きた人たちを祖父母にもっていたのだから、それも無理もないと自分の祖父のことを思い出しながら思う。
私の祖父は、筋金入りの関白様だった。
中学生のころ、お風呂があいていたので 早々とお風呂に入って温まっていたら、突然祖父が入ってきた。一番風呂に爺様より早く 女子供が入るとはなにごとだ!とばかりに。
寒いときだったのに・・急いで とび出たのはいうまでもない。今思い出すと 腹立たしいというより、面白いエピソードと思えるのだから、時間の経過とはありがたいこともある〜
女のくせに!と兄に言われることも多かった。
そのせいか「男女共同参画社会にしていこう」と騒がれる前から、せめて 私の新しい家族は、男女同権の関係を作れるようにしたいという思いがあった。
娘は、家の中でも外でも 女だからと差別されることも(たぶん)なく育ち 教育を受け、情熱をそそげる仕事につくことができた。
とはいえ、結婚しても 引き続き独身の時と同じように男性と肩を並べて仕事ができるという条件を通そうとすると結婚までこぎつけないようで、その年齢で未婚率3割強の中におさまってしまっている。親としての幸せ感も味わってほしいし、世のためにも 子孫も残してほしいと思うんだけど。