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2013年 7月 01日

ズッキーニとがんもの豆腐炒り煮



 週に一度のわりで、まだ 歯医者通いが続いている。
どうにも ひどかった所をブリッジにした後、
「あと (治療が必要な所が)3ヶ所ありますけど、どこから 治しましょう?」
と聞かれ〜
1ヶ所目を治療中、もう1ヶ所の歯が割れてしまったので、2ヶ所を ほぼ平行
して やっていたが、かぶせるため型を前回 とったので、終わりも近い。
残すは あと1ヶ所!
 
 こうして、歯医者に通えることは 幸せなことだ。(しみじみ)
すぐ抜かないで なんとか残しながら 治していくというやり方なので、私のような
歯でも、もしかしたら ”8020”(80歳で 20本の歯を残す)に 近づけるかもし
れない・・・・と 少し希望を持っている。
 
 母親は総入れ歯だった。
なくし物が多くなり、「入れ歯がない!」と度々大騒ぎするようになって、入れ歯の
存在を知った。
父親も 数本残して あと入れ歯だった。 
両親が入れ歯になるまでに、どこの歯科医院に どれぐら通い、どんな過程を経たのか・・? 
知らない。
 死ということなど考えられないほど元気だった父親が入院して1ヵ月後亡くなってしま
ったが、その間、毎日 私が入れ歯を洗った。 人の入れ歯を洗うことは、気持ち悪い
感じがするのが普通だと思うが、全くそんなことは思わず喜んでやっていたものだ。
 
 親は、そんな特別な存在だというのに、いつ 入れ歯にしたのか知らなかったように、
知らないことが沢山 あるものだと 親が亡くなってしまってから 気付き、申し訳ない
気持ちにさせられることがある。
 


投稿者: kun - 午前 11:17 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 3月 05日

大豆煮物



 従姉妹を駅まで迎えに行き、母が入院している病院に行った。
母のたった一人の自慢のかわいい姪(といっても もうすぐ70歳に手が
届く)で、幼いころからかわいがっていて〜会いたいと何回も言っていた。
その話を従姉妹にすると きっと最期だからと会いにきてくれたのだ。
 従姉妹は、やせてしまった母の顔に頬ずりしては、
「今まで ほんとにありがとうね」
「ご飯をちゃんと食べて 元気になってよ」と泣きながら 言うと
母は、
「来てくれて ありがとう」
「誰でも みんな大変なことはあるけど、くよくよしないで頑張んなよ」
「これが宿命だよ、定めだよ」
もう 最期が近いことを承知しているかのような口ぶりだった。
 私と従姉妹とをかわるがわる見て、よくあんたたちは似ているね!
そっくりだね!と 嬉しそうだった。
しっかりしていて よくわかっているかと思うと、帰る時には 私も一緒に
行くから靴をはかせて! バッグを持ってきて!と困らせた。
 姪を愛し、姪に慕われる関係を作ってきた母のことをエライなと思う。
私にも姪が3人いて、可愛いとは思っているけれど、これほどの関係を
作ることができていない。

 車の中などで、年上の従姉妹から、私たちの祖父母を中心にした戦前からの
詳しいファミリーヒストリーを聞けたのは、面白かった。
祖母は、某有名な神社の神主の娘で、祖父は板前さんだったのだそうだ。
まったく初耳のこともあり、驚いたり 感動したり。
祖父が5人の子供(末っ子が母)を残して、若くして結核で亡くなったあとは、
愛憎渦巻くものもあり、ドラマになりそうだね!と・・もう母を残して みんな天国
にいる人たちのことなので、どこか他人ごとのような感じもあるが、遺伝子は
細々でも 引き継がれている。
 



 
 


投稿者: kun - 午後 10:03 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 2月 27日

大豆サラダ



 今回歯医者に行き始めて、4ヶ月目ぐらいになる。
左下の歯 5本をかろうじて残っている3本で支えて ブリッジにした。
一番奥の歯がなくなると、いよいよ部分入れ歯か インプラントということ
になるので、気をつけて 手入れをするように言われた。
 さて、あと3ヶ所治療したほうがいい歯がありますが、どこからにしますか?
なんて、冗談にもならないことを言われ〜〜ちょっと迷って右上奥歯をお願いした。
右上の奥歯に仮止めの詰め物が入り、それが下の歯にさわると痛いので 
調整してもらったら、その横の歯が下の歯にあたる強さが増したせいか、その
数日後、ガリッという音とともに痛みが走り・・・下の歯の一部が割れてしまった。
噛みあわせが元々悪いこともあるが、一般的に こうして一本の歯が虫歯になると
次々と歯が悪くなっていくということだ。
 外食の時にも、歯間ブラシと歯ブラシを持ち歩き 気をつけているが、甘いお菓子
が昔から 大好きだし・・・でも この頃、できるだけ我慢している。
 8020運動という、” 80歳になっても20本の歯を残そう”という運動があるが、
私は、ちょっと難しいな。(ちょっとどころじゃない?)
総入れ歯になる年齢を調べてみたら、75歳ぐらいが多いらしい。(/_;)



投稿者: kun - 午後 12:54 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 2月 19日

大豆入りきんぴらごぼう



 このパソコン いつどこで買ったんだっけ?と思いだそうとしたが、記憶をよびさます
ことはできなくて〜このブログの過去録を見ればいいと思いついて、最初の方を
とびとびに読んでみた。
 いつのまにか 最初の目的を忘れ、♪あんなこと こんなことあったあけ♪と懐かしさと
こんなこと書いて恥ずかしかぁ・・・と、読んでいるときりがない。

 一人住まいの母の冷蔵庫に賞味期限切れのものが沢山あったのを見つけて 掃除した日、
母が、「あんたはこんな親で嫌だと思うでしょうけど、私はあんたが娘で良かったよ」と
言ったと書いてあった。
そんなことすっかり きれいに忘れていた。
今では、もうそういう気のきいたこと(?)は言えなくなっているが、残された そう長くない
時の中で「あんたが娘で良かった」と思ってもらえるような接し方をしていきたいものだ。

 ・・・vistaだし、もう何年もたっていそうだ。
 
 
 


投稿者: kun - 午後 10:48 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 2月 15日

大豆チーズポテト



 約4ヶ月ぶりぐらいに美容室へ行った。 
この間隔は、いつもより早いかも。
美容室へ行くと、目の前の大きな鏡に写る自分を嫌で見ることに
なる〜これが、好きじゃないのよねぇ・・・(~_~;)
いい加減で慣れればいいのにと思うけど、いつ見ても 嫌なんだよねぇ・・
 顔といえば〜
義母が入院している病院の看護師さんが、
義母に「○○子さんは、ほんと いい顔してるねぇ!」と言ってくれた。
息子である夫が すかさず「生まれつきですぅ〜〜」
優しく穏やかな義母は、看護師さんたちからも 好かれ 愛されている。


 クロは奇跡的に回復し、痙攣前以上の状態に戻っている。
クロが具合が悪くなる前、ドッグフードの普通サイズがなかったので、大きい
サイズを初めて買ってしまった。
その沢山の量のドッグフードをクロは生きている間に食べきれないだろうと
思ったものだ。
犬を数頭飼っている友人にあげればいいや〜と思っていたのだが、その必要も
なさそうな勢いで、玄米食に加えて 食べている。


投稿者: kun - 午後 08:57 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 2月 14日

生揚げ煮物



 点滴か、鼻腔栄養か 胃ろうか!?・・・・自然に任せるか!・・・
親の最期をみとるために、選択を迫られている私たち世代。
親のほとんどは、どういう最期を迎えたいのか 考える余地がないまま?
歳をとり 認知症になってしまったりして、選択する力がない人が多い。
 親たちの親の世代は、家で最期を終える人が田舎では多かった。
医学が発達した今、食べることができなければ終わった時代と違い、
鼻からや、直接胃へ栄養を送りこめば、何年か生きることができる。
寝たきりのまま。
 私たち子供もそれぞれ 考え方も思いも違う。
母は、食べることをほとんどしなくなり いよいよ子供会議を開く段階と
なった。 
今週中に 話しあおうということになっている。

投稿者: kun - 午後 07:27 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 2月 12日

味噌漬け豆腐焼き(アボガド添え)




 クロが、下に置いた餌入れから、食べることができた!
今朝の顔つきは、痙攣前の状態の頃を思い出させるような雰囲気だった。
目の動きが私を追っていて、顔の前で手を動かすと反応があった!
見えてるんだ!!(感動)
 旋回運動は、相変わらずしているが 時々 乱れて 真ん中をまっすぐ
歩いたりもする。
ひたすら前を向いて歩くのではなく、周りを見たりもする。
復活か!?(^O^)

 しかし、昨夜もほとんど2時間置きに鳴くのでその度におきなければならなかった。
2時台には おしっこをしてしまい・・・(はあ)
4時ごろ起こされた時は、もしや?と予想させるような臭いが廊下の方からしていて
案の定・・・・排泄した所が旋回するコース上ということもあり、上を歩き 足にも
つけたまま歩きまわり、クロの夜の居場所になっている玄関は大変なことになっていた。
その片付けが終わるころには、すっかり身体も冷え切って(ふぅ)
 今日は、入眠剤をもらってこよう! ←クロの




投稿者: kun - 午後 12:41 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 1月 30日

高野豆腐などの煮物



 朝ドラで、主役の純と兄弟との会話が、可笑しい。
理想的な仲良し兄弟ではないところが、現実的で 生々しくて面白い。
だいぶ前だけど、お兄ちゃんが純に、 
「子供のころ『お兄ちゃんが死んでくれたら わたしがホテルを継げるのに!』と
言われてすごく傷ついた」と言うシーンでは 吹きだしてしまった。
子供って、悪気がないのかあるのかわからないような、かなりきついことを言ったり
するものだ。
 私も兄と弟の3人兄弟なので、わかる。

 父の遺言書の中に、
「兄弟仲良く」
「お母さんを大切にしてほしい」
と書いてあったよねという話を最近 兄や弟とした。
弟と私は、まずまず仲良しで いい関係だと思うのだけれど、兄のお山の大将的な所が
気に入らなくて、鼻であしらいたくなってしまう私なのだが、いつになく低姿勢で
仲良くやりたいねという話を兄にすると、よろしく 頼むねなんて 言っちゃって(笑)

 今日は、母が転院したので、兄とも弟とも 電話で情報を交換しあった。
母はできることが少なくなっていく一方だが、子供たちをちょっとだけ より親密に
結びつける役目をしているみたいだ。


 

投稿者: kun - 午後 10:05 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2013年 1月 20日

グルテンミートじゃがいも



 ケニアを訪れた人が、村人たちが皆 大きな声で話しているのを見て、
不思議に思って聞いたそうだ。
こんな静かな所なのに、どうして 皆大声で話すのですか? 小さな声で話して
も 聞こえるのに・・・と。
すると、村の中で 秘密を作らないために、話は 大きな声でするということが
昔からのならわしになっているのだと答えたという。
 
 なるほどなあ♪
私が住む”魚の町”の人は、大きな声の人が多いように思う。
魚市場のようなにぎやかな所では、小さな声では相手に伝わらないからかしら?
と思っていた。
私は普段そんな大声で話さないせいか、大きな声で話す人より、普通の声〜小さな声の
人のほうが 波長があうような気がして、やたらとでかい声で話す人に苦手意識を感じて
いた。 
隣に座っている人に話しているんだから 小さな声で話せばいいのに・・・皆 聞こえ
てるよ!・・・なんて思ったりしてね(^^ゞ
 ケニアの人たちが、秘密を作らないために♪ というのを聞いて、目からウロコ!
そう言われてみると〜小さな声でひそひそ話していると、あまり いいことを話して
ないじゃないか!? 自分の悪口?と思ってしまう人もいるかもしれない。
 これからは、大声でおじゃべりしている人達をこれまでより 好意的に見られそうだ。 





 

投稿者: kun - 午後 10:18 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2012年 12月 27日

金時豆とベーコンサラダ




 「北のカナリヤたち」「人生の特等席」に続き、「レ・ミゼラブル」を観てきた。

ジャン バルジャンが、青年マリウスを助けてほしい、命をとるなら自分の命を
奪ってと神に祈る場面が心を打つ。
”誰かを愛することは、神様がそばにいるということ”と歌う場面は、印象的だ。
聖書のメッセージが、このストーリーの根底に流れている。


投稿者: kun - 午後 11:03 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク
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