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2010年 7月 25日

アイスクリーム(ドイツ)

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 「50代最後の夏を楽しんで下さい」とメールをいただいた。
しかし、ここ2週間は 高熱、咳、めまい、不眠で苦しい日々だった。
ようやく 熱が下がり 咳もほとんど出ない。
息子も発熱。そんな中 夫は元気そのものだ。
「お父さんは、長生きしそうだね!
お母さんは、早死にしそう」と息子。
「お父さんが一人になって めんどう見切れなかったら、施設に入れて」
と私。
「それだと金もかかるから、離れ(小さな2階建ての倉庫風の所)に 
入れておこうか! そして 犬に番をさせて 外にフラフラ出ようとしたら
かみつかせるように しつけるか!」
(爆笑)
「老人虐待で訴えられるよ!」
 冗談を言えるほど、元気になれて嬉しい。
TVに出ていたある医師が
「私は朝、今日 一人でもいいから、誰かを幸せな気持ちにしてあげたい 
と思って一日を始めます」と言っていた。
素晴らしいお医者さんだなあと感動した。
医師ではなくても、どんな職業であっても、たとえ病気のときでも、そういう思いを
一日の始めに持つことができたら、きっと 素敵な一日になるんだろうなと思う。
思いがこもったひとことや眼差しだけでも、人は幸せな気持ちになれるものだから。



2010年 7月 16日

アイスクリーム(フィンランド)

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 そんな季節になったんだなあと布団に横になって、蝉の声を聞いていた。
しばらくすると、もう聞こえてこない。
 成田での前泊を入れると2週間の、フィンランドとドイツへの旅行から
12日午後に帰宅し、13日の午前中、草も花も伸び放題になっていた花壇の
手入れをした。午後に荷物の片付けをしたり 郵便物を見たり、息子たちから
留守中のできごとの話を聞いたり、そんなときもボーッとするのは きっと
時差ぼけだと思っていた。しかし、それだけではなかったようだ。
久しぶりに孫に会うこともなく、お土産を手にし、情けないかなその夜から 
咳と発熱でダウン。
 ドイツでの最終日の夜 頭痛がして・・ 早目 早目と思い、風邪薬を飲んだ。
帰りの飛行機の中で、トイレに立ったとき、ツアー仲間が耳打ちしてくれた、
「私たちの後の席の人が熱が出ているから、後のほうには行かないほうが
いいよ」と。彼女はしっかりマスクをしていた。飛行機に乗るときは、マスク位
用意しなくっちゃね〜反省&今後のための教訓
飛行機の中では、咳が何ヵ所からか聞こえていた。
その風邪をもらったか、元々ドイツ風邪をもらっていたか わからないが、症状は
同じだ。 
 今日は、ようやく会計の仕事などを少しずつやり始めた。
あと ひといき〜♪

2010年 6月 21日

お弁当

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 夫のお弁当作りがまた 始まっている。
事業所の利用者さんが毎日 とっている○○のお弁当を一緒に
食べればいいと思っていたが、一目見て「あれは 食べたくない」と・・・
おやおや。。。と思ったが、お弁当作りは さほど苦にならないので作って
いる。前の夜の残り物も しっかり入れて。


 6月に入り、家が留守になることも度々あり、花を眺めることも そうそう
できなくなった。
一日ほど見なくて 次の日 見ると、「ハイドランジア キヌエ」という 非常に
珍しい変わったアジサイが抜かれ 持っていかれていた。
まだ 小さくて 花はひとつだけしか咲いていなかった。
一昨年 友人の家で咲いていたアジサイの一枝をもらってきて、挿したもので
ようやくついたので、通り沿いの花壇に植えたのだった。
散歩して通る人たちも、「珍しい かわいいアジサイだね!」と眺めてくれていた。
抜かれて 空間となったその場所の前で、言葉もなく しばらく たたずんでいた。
良く見ると、一枚の葉っぱが落ちていた。
 もう少し 大きくなったら、挿して増やそうと思っていた。
欲しい人には、少し待ってもらえれば あげたのに。

 その花を見るたびに、良心が痛まないだろうか?
かわいがってもらえているだろうか?


2010年 6月 14日

筍ごはん

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 先週の土曜日実家に行くと、細い筍が茹でてあった。
これで、筍の季節はおしまい。

 夫が一年間 関わってきたNPO法人の(障がい者)就労支援事業所が
新しく再出発することになり、夫は(フルタイムで働く)管理者となった。
いろいろなゴタゴタに巻き込まれ、もみくちゃになっていた夫を励ますつもりで
私もできる限り 手伝うし〜大丈夫よ!と言ってしまったのがウンのつき、
私も6月から 週に2日 働くことになっ(てしまっ)た。 一応 午後1時までだが、
利用者さんたちと昼食を食べ、記録を書き、途中で買い物をして帰ってくると
夕方になっている。
夫は工房で、私は 少し離れたところにある(軽食)喫茶。
 専門的なコーヒーの入れ方も知らず、家庭料理しか作ったことがなく、
レジも打ったことがない私が よもやそういう店で働くことになろうとは〜〜〜
人生 わからないものだ。
しかも そういう中で 障がい者が働くことを支えることが仕事。
 どうして この歳になって、こういう責任を伴うことをしなければならなくなったのか?
などと考えたところでしょうがないので、これは、今 私に与えられた役目なのだと
思うことにしている。
神様は、私が必ず できると思うから、この仕事を与えたに違いないと。
なんでも 一見できそうで、実はすべてに荒削りできちんとできない私を訓練して
みがきをかけようとされているのではないかと思っている。
それにしても、かなり努力が必要だ。 

 


2010年 5月 29日

筍のビーフンナッツ炒め(持ち寄り食事会用)

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 教会の花の手入れをして、花を活け、明日の礼拝の受付の準備をして
郵便物の整理などをしてっと。
2〜3時間は、あっという間にたつ。
駐車場をそろりそろりと出る。
運転席から、サーモンピンクの大きなバラを眺めながら。
次に 宣教師が挿した真っ赤なゼラニュームのほうに目がいく。
大きな株になった。
ガザニアは、咲き終わってしまった。
一方通行の教会の前の道路にさしかかりながら、車が来ないことを確認し
右折してすぐのところで止まる。
掲示板に 貼られている聖書の言葉を読む。

「いちばん先になりたいものは、すべての人の後になり、
すべての人に仕えるものになりなさい。」


31日(月)のチャリティコンサートのポスターを見て、多くの人たちが来てくれることを祈る。
道路沿いの花壇の花々を眺める、ビオラ ネメシア 金魚草・・・走り出す。
でも、そのまま行かない。
一軒おいて、次の角を右折しきらないところで止まり、振り返って
少し遠くに見える花のある教会を眺める。
というか 見つめる。 
普段は誰もいない教会。
思えば、教会に どなたかがいて下さったころはしなかったことだ。
宣教師が帰国され、その一年後の今年の春 牧師が異動された。
花も寂しげに咲いているように見える。

2010年 5月 25日

ふぐとくじら(の刺身)

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 福岡のお土産。
どこぞの団体に攻撃されそう・・・いただきものです。


 最近、マスクにサングラスで、帽子を深くかぶっている女性をよく見かける。
自転車で通りすがりに挨拶されても どなたなのかわからず、振り返ってみたり
することもある。
それでも わからないこともしばしば。
 日焼けしたくないんだなあ。
健康や美容に対する思いがあるんだ。
シミやソバカスができるものね〜。
守りたいきれいな肌があっていいなあ!
そんなのどうでもいいと思ってしまったら、もうおしまいなのかな・・女性として。
そうだよ〜もう おしまいだ〜わたし。
 さんざん 走り回って遊んだ散歩の帰り道、ケンが「抱っこ」と言ったら、もう眠い時だ。
今日は、日が薄いとはいっても、ひざしはかなり強い感じがする。
ケンを抱っこしたら、ケンに日があたらないように、気を使う。 そうすればするほど、
帽子をかぶっていても、自分の顔も それに手も日があたりっぱなしになる。
日焼けしても、ケンが気持ちよく眠ってくれるほうがいい。
鏡を見ても、老眼では きたない肌もよく見えないし〜お手上げだわ。


 


2010年 5月 22日

筍丼

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 夜中のこの時間。 
すぐそばの田んぼのカエルも眠りにつく。
読書をしたり、聖書を読んだり、ネットを開いて説教などを読んだり、ぼんやりしたり。
 今朝、荷物を前と後に沢山積んだ自転車で通ったホームレスのおじさんらしき人は 
今頃どうしてるんだろう?
「おはようございます!」と声をかけると
「おはよう! きょうも暑くなりそうだぞ!」と黒光りした顔はにこやかだった。
奥さんを最近亡くされた方のブログには、奥さんのことがほとんど書かれていないのは
なぜ?などと 全く 想像するしかないようなことを思いめぐらす。
一人暮らしが人生の半分近くなった娘のことも いつも想う。
 明日の朝食のしたくも さほど 気にならなくなって、やれるようにやればいいと思えば
時間がたっても あせらない。
たぶん 早く休んだほうが 健康にはいいんだろうなと思いつつ、いつまでも
起きていたくなる。
いったん 疲れて眠くなるが、それを過ぎると目が冴える。
時々聞こえる夫のいびき、息子たちがまだ起きているらしい物音
きっと それらがなければ、ただただ寂しい時間になるのかもしれない。
  

2010年 5月 19日

酢豚

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 母の衣類の片付けをしている。
一部屋が山になり、埋まってしまうほどの沢山のもの。
 ここ2年ほど、その季節ごとに着るものが決まってしまっていた。
「いつも 同じものを着ているねぇ・・・」
「これが着やすいんだよ」
「一体いつ洗うの?! (下着は替えてるんでしょうね?)」
「昨日 洗ったよ」
「汚れてるねぇ・・・きたならしいね・・(縫ってある?!)」
「そう?」
 他にも着るものはあるはずだ・・〜というわけで、床の修理をすることにもなったので
全部出してみた。 これまでは、自分で管理できていたので(と思っていたので)、
触れない領域だった。 あるは あるは〜〜〜〜〜〜!
全体的に、きれいにきちんと大切に保存してあったが、湿気が多い家なので、カビくさい。
 母をよび、一枚一枚 見せて、「どうしよう、これ とっておく? 私にくれる?捨てる?」
とやり始めた。
最初のころは、「こんなのがあったんだ?! どこにあったぁ?!」と感動さえしていたが
そのうち「あああ 疲れた〜もう いやんなっちゃった。あんたが捨てるとも持ってくとも
して」と立ち去った。
 それから、日があいているときに行き、時には 夜の8時過ぎまでかけ、ようやく少し 
片付いてきた。 
姉(伯母)が洋装店をやっていたので、独身のころ そこで洋裁を習っていたこともある母は、
とってもオシャレで、特に私たち兄弟が結婚して家を離れてから、洋服を作ってもらったり、
買ったりすることが楽しみだったようだ。もとい〜ようだ〜ではなく、楽しみだったのだ。
同じようなものが何枚もあるのには、あきれた。 バッグも帽子の数も、私の感覚から言うと、
もしかしたら病気だった?!と思うほど。
 10年以上前 体型が変わった70代のころ、50代ごろまでに着た派手な花柄もの、ピンクや
赤が基調のものなどをなぜ 手放さなかったんだろう?
(その問いをつきつめると、長くなりそうなので省略)
その頃 子供の教育費の占める割合が大きかった娘(私)の家庭では、私の被服費はゼロに
近い状態だった(今でも あまり変わらないけど)。 きっと 喜んで着たろうだろうに。
そう思いながら、家に持ってきたものを手洗いしたり、クリーニングに出したり、まだ 母が着れる
!とまた 持って行ったり。「おばあちゃんの物を持ってきてからか、目がかゆい」と息子が言うので、
倉庫に運びこみ 少しずつ 整理している。
捨てるものも多く、再利用するには、時間も手間もかかる。
自分のものは できるだけ 自分で片付けができるうちに片付けたい、物はなるべく少なく〜
というのが、母から受けた教訓だ。 
  
 
 


 

2010年 5月 11日

筍他野菜の中華風

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 息子妻の妹が出産予定日の約1ヵ月前から、息子の家に来ている。
息子の家の近くに実家もあるのだが、住宅事情があるらしくて・・・
産後も1ヵ月ぐらいはいるのだそうだ。 お姉ちゃんの家って きっと居心地が
いいんだろうな。 私には姉妹がいないので、残念ながら よくわからない。
仲良しの姉妹で なんともほほえましい。 受け入れられるお姉ちゃんの
夫である息子も なかなかエライ。
最初の日 たまたま息子の家でその妹に会った時、「宜しくお願いします」
と私たちにも挨拶してくれたのには、感心した。
 夫婦とその子供以外に、誰かが一緒に住むことは 人間関係が広がり 
きっと子供にも 良い影響を与えるだろうと思う。
  

2010年 5月 07日

ふきとわらびの煮もの

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2泊3日で出掛ける前に作った、夫のための(つまみの)保存食♪

 出かければ、疲れてあたりまえで〜疲れても 癒される。
そんな健康が与えられていることに感謝。
日常に戻り 花をみると、一段と背丈も大きくなっていた。
花の色、形・・・なんて美しいんだろうと眺めながら世話をした。
その後 孫がきた。
幼子の瞳、 小さな手、しぐさ、ことば・・・なんてかわいいんだろう。
 昨日までの気づかい、緊張が嘘のようにとけていく。
無駄だったということでは全くなく、喜びも楽しさもあった2泊3日だった。
新しい力もわいてくる。

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