2017年 6月 21日

大雨



家の窓から、一段低い畑を見ると〜びっくりぽんな状態。
もう 雨もおさまったかな?・・・




投稿者: kun - 午後 03:25 | コメント | 固定リンク

2017年 6月 16日

共謀罪


一昨年、集団的自衛権行使を認める安保法が成立し
またもや強行採決により共謀罪が成立。(~_~;)

投稿者: kun - 午後 05:30 | コメント | 固定リンク

2017年 6月 13日

洋服



 大きな段ボール箱に詰めて送ってくれる。
洋装店を(今では小さく)やっている従姉妹のお下がり。
いつも開けるのが楽しみ。
春のコートかなと思ったら、レインコートだった!
おばあちゃんの着物で作ったと言われると・・
よく母に連れられて行ったおばあちゃんの家とその姿を思い出す。


 




 

投稿者: kun - 午後 06:01 | コメント | 固定リンク

2017年 6月 11日

枇杷



子どもたちにも送り、何人もの人たちにもあげたけど、まだまだ枇杷がなっている。結婚して隣の町に住んでいる姪夫婦も採りに来てくれて嬉しい。姪は枇杷を食べるの何年ぶりかだと言っていた。

季節の変わり目だから体調が悪いのかな・・と思っていたら、鼻水・くしゃみ・目のかゆみで〜まさしく「イネ科植物花粉症」。
家の周りを見ると、沢山の「イネ科の雑草」がそよそよ風になびいている。近くの国道の中央分離帯は、「イネ科の雑草」の宝庫だ!(@@;)
窓を開けると症状はひどくなり、うっかりマスクをしないで外にいればとんでもないことになる。マスクをしても目はかゆくなり、今日はかゆいのを通り越して痛い。
 昨日、三男が来た〜やはり鼻水がひどく目もかゆくて困ると言っていた。今年はなんなんだか ひどいよねえ・・・と言い合った。(やれやれ)

投稿者: kun - 午後 08:28 | コメント | 固定リンク

2017年 6月 10日

エルサ



ちまたで”アナ雪”が、ブームだった頃、つんちゃんはまだ小さかったので、興味を示さなかったのだと思うが、4歳になる前後、つんちゃんの世界に”アナ雪”が到来!
ママの妹である叔母ちゃんに衣装を買ってもらい。人気がピークを越えて下火になり〜パパがネットで求めた ただ同然の英語のDVDを見て、英語の歌詞で覚えた歌を歌い、あこがれのエルサになりきるつんちゃんだった(笑)
春には衣装持参で来て、「ばーばは、○○になって!」と言われ・・適当に英語っぽく歌ったりすると「そうじゃない、こうだよ」と指摘され(~_~;)5月に来た時には、虫取りにパパが引っ張り込み〜
実を言えば、私もそちらの方が性に合い楽しかった。(笑)



投稿者: kun - 午前 10:44 | コメント | 固定リンク

2017年 6月 07日

ズッキーニ



 家から700メートル位の所に住む長男の長男ケンが、夕方
家にそっと入ってきた。
突然の訪問に驚きながら喜んでいる私の姿を見て、いつも
楽しんでいるようだ。
友達の家で遊んだ帰りに(少し遠回りをして)寄ったんだという。
 「この前もらったズッキーニ、バター醤油で食べたらすごく
美味しかったんだよ、固いように見えて柔らかいんだよね」
と採れている野菜をほめるのも忘れない(笑)
冷凍庫から(自分たちのために欠かすことなく入れてあると思っている)
○ーゲンダッツアイスを出して食べながら、運動会などの話をいろいろ
聞かせてくれた。
運動会は昨年もなにか用事があって行けなくて、今年も葬儀が入り
行けなくなってしまったのだ・・・
 小さい頃からよく畑で遊ばせたりしていたので、ジイジが畑にいると
飛び出していく。一緒にズッキーニときゅうり、レタス、びわを採り。
そういえばこの前は、大きなシャベルでダムを作り水を流して遊んでいた。
 帰りは、野菜などお土産をいっぱい自転車のかごに入れ。
私たちは早足ウォーキングで送っていった。





投稿者: kun - 午後 08:55 | コメント | 固定リンク

2017年 6月 06日

.手作り味噌樽カバー



 今年は、お味噌を食卓のある部屋の隅に置くことにした。
白い木綿の布は、母が”はい帳”にかけて使っていたものでこうして味噌樽にかけるのにぴったり♪
シミだらけで〜娘の私以外の者なら捨てただろう、きっと。
漂白剤につけて洗ったらきれいになった。
 母の字で「宍原」と書いてあって、真ん中にボタンをつけてある。
家の中で使うものだから、地名なんて書かなくてもいいのに・・外に出歩くことが少なくなってくると、座っていてもなにかしらやっていた。 縫い物や字を書いたり。
 母は「宍原」という字が好きだったのかなあ・・「宍原」が好きだったことは確かだろう。
賑やかに3世代で暮らしていた時代もあった実家は、母亡き後 空き家になってしまい、行く機会は減っているが。
「宍原」で生まれ育った私たちには、特別な場所。


   

投稿者: kun - 午後 10:02 | コメント | 固定リンク