2006年 7月 05日

しらすチャーハン


小松菜・シソ・しらす・人参・玉ネギなど。


道路側の花壇の手入れをしていると、杖をつきながら 小さい犬を散歩させている近所のお爺さんが 興奮した様子で話しかけてきた。
「あの女 どこの女だか 挨拶しても 全然挨拶が返ってこない」とすれ違って遠くを歩いていた中年の女性を杖で指した。
「考え事をしながら 歩いていたようだから、気づかなかったんですよ〜きっと」
「いやっ、そうじゃない! いつもだよ!それと ほれ あそこの角のオヤジも 挨拶が出来ないやつだよな」と怒りが発展していく。
好意をこめて挨拶したのに反応がないと悲しくなったり 腹立たしく思ったりするものだ〜ということは普通の感覚の神経を持っている人なら わかるはずだ。
北朝鮮がミサイルを7発も発射したという恐いニュースが流れた。
人が集まって出来た国同士が平和な関係を築くことは、相手国の(人の)ことを考えることができれば、それほど困難なことでもないのだろうに。
北朝鮮の一般の人たちは、私たちと同じように平和を願う心を持っているのだと思いたい。
トップ(と体制)が変わらなければ、事態は良い方向に向いていかないのか・・。

投稿者: kun - 午後 10:24 | カテゴリ: ご飯類
コメント

kerokotan:

都会では、親しくない者同士では挨拶をしない、うちの村では車ですれ違っても目礼をし合います。とにかく挨拶をします。相手が知らん振りをしても。相手が挨拶をしてくれたのに自分がしそこなった時の気持ちって嫌なもんです。
以前のkもkerokotanでした。
(2006年 7月 06日 午前 05:00)

ぎかく:

都会は人が多いせいか、ときに意外なほどの秩序を見せることもあります。ある意味、見知らぬ者同士の集団だからこその経験と知恵が働いているのかも知れません。ま、実際、人が多すぎていちいち挨拶もままならないでしょうが(笑)。でもそれはまるで、親しくもない者同士が徒に関わらないことでお互いの迷惑にならないように配慮しているかのようにも見えることもあります。ただ、だからといって、譲り合いのような善意の中からは挨拶も聞こえてきますし、電車の中でつま先が触れただけでも「失礼しました」などの言葉は交わされています。勿論、弁護の余地さえなさそうな無機質な側面が都会にあることも確かなのでしょうけど・・。
(2006年 7月 06日 午後 01:04)

kun:

kerokotanさん
村の人たちは、みんな知り合いですものね♪
人の数はすくないけれど、付き合いの密度が濃いところが田舎の良さだと思います。が 村ハチブは 恐い〜〜町ハチブって ないけど。
ぎかくさん
都会ですれ違う人みんなに朝晩の挨拶することもできないしね〜
焼津より少しだけ都会の静岡に 7年間住んだことがありますが、子供会や神社当番など わずらわしいことがなくて とっても 良かったです。
(2006年 7月 06日 午後 10:50)