«Prev || 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 || Next»

2009年 7月 06日

桃と桃ジャム(いただきもの)

null

 クロ(犬)が、夜中2時頃 突然 激しくほえた。
とびおきてみるとさっきまでクロのそばになにかが近寄っていたような気配。
2階の窓から息子が見ると、なにか2匹の四つの目が光っていたそうだ。
こういうことが、最近3回続いている。
真夜中だというのに、みんなクロのことが心配でとびおきる。
 もうすぐ13歳と1ヵ月。年寄りだ。ここのところ毎年 今年が最期かもねと誰かが言う。 
息子たちは出かける時も、帰ってきた時も、必ず クロの頭などをなで 話しかける。
そのときのクロは、穏やか顔をして ほんとに幸せそう。 
そのたびに一日 寿命が延びるんじゃないかと思う。
 なでている息子に言った「お母さんが寝たきりになったら、そばに来て 一日に一回は
なでて♪ 長生きすると思うよ」 笑っている息子にすぐ付け加えて言った。
「ま、そんな姿で長生きしたら迷惑だね」
 1週間ほど前、教会の仲間たちと福祉村のディアコニアに奉仕に行った。
草取りと傾聴ボランティア。
ご老人に寄り添い、目も耳も口も体もすべて その人に向けて時をともに過ごす。
傾聴ボランティア。どんなに嬉しかったことだろう。それを言葉で表現できないほど
の認知症の方でも、誰かがそばにいて手を握ってくれた、よだれをふいてくれた・・
心あたたまる空間のなかで、喜びでいっぱいだったにちがいない。
 帰り路 車の中はにぎやか にぎやか〜〜疲れたはずなのに。
「また 行こうね!」と言い合える仲間がいることが、私にとってはほんとに嬉しい。


投稿者: kun - 午前 10:40 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2009年 4月 08日

退職祝

null


 「子供一同」の文字が嬉しい。
180何人かの職員が働く学校の校長という責任から解き放たれた。
退職した次の日から、NPO法人となったばかりの施設の基礎づくりのために
調べたり あちこち出かけたりしている。
それでも週3日ぐらい働くことにしようとしているので、余裕がある。
時間的にもだけでなく、精神的にも余裕があるってことはすばらしい!
定年を迎える前から こんな時間の使い方ができたらよかったのに。
働き過ぎなくらいに働かないと認められない日本では、毎日ひたすら遅くまで
働いて 心も体もすりへらして 定年を迎えるのが一般的だろう。
 働き始めて10年ぐらいとなる長男や長女が自分の位置を確立し始めている社会に、
そして 夫が一段落終えた社会に、4月から いよいよ末っ子がとびこんでいく。
ワイシャツのアイロンかけは二人分となり、研修期間が終わるとお弁当づくりも
再開する。
 小学校にあがったばかりのピカピカの1年生だったころ、帰ってくると子供から学校
の様子などいろいろ聞くのが楽しみだった。社会人1年生の息子は、あのころのよう
な無邪気さはなく、疲れて帰ってくるので 話しかけるにも気を使うが、毎日姿を見られ
て幸せ♪
 

投稿者: kun - 午後 02:43 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2009年 3月 26日

イチゴケーキ

null
退職祝♪と言って、友人がケーキをくださった。
その人の優しさをあらわしているかのようなキメの細かい生地と
柔らかい甘さ。手作りのものは、心が伝わってくるなぁ。



 クーシランタ宣教師が、日本での働きをこの3月末で終えられ、
フィンランドへ帰国される。
日本での滞在年数の半分の6年間を私達の教会で過ごされた。
高校の校長を退職されて、若いころからの夢だった宣教師という
道を選ばれたのが53歳のとき。
 聖書のなかで、「神はひとりひとりを愛している」ということが書
かれている。 クーシランタ宣教師は、私達を暖かく広い心でしっ
かりと受け止め、受け入れて下さることで、それはこういうことなん
ですよということを教えて下さったと思う。 
私は先生にお会いするまで、自分もこのままで、必要とされてい
る大切な存在なのだという実感があまりなかった。
 4人の子供の親としては、かけがいのない存在だとは思ってい
たが、それも子供たちが成長するまでのことで。
地域の役員などもいろいろやらせてもらったが私でなくてはいけな
いことなんてなにもない、教会の中のことなんぞなおさら、信仰深
い人たちにまかせておけばいいといつでも逃げていた。
 そんな私だったのに、ないに等しいほどの良いところを見つけて
はほめ、認めて下さった。
いつのまにか、私の存在の意味が見えてきた。
私だけでなく、多くの人たちが同じような思いをもつことができるよ
うになって、生き生きと輝いていくのがわかった。
 高齢者も 病気の人も 誰でもみんなその場所で価値あるもの
だと思いたいのだ。実際 大切な存在なのだから。  
 先生から受けたものを、(私にはその半分もできないと思うが)これ
からの生活で行いをもって周りの人に示していきたいと思っている。
 

投稿者: kun - 午前 11:14 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2008年 12月 26日

自家製 レモン ゆず みかん

null


 家の前の元お茶畑の荒れ地がサラチになった。
地番から 地主の住所を探して、私達夫婦と畑にしたいという近所のおじさんと
ある夜 その家を訪ねた。10年ほど前 最後に見かけたその家の奥さんは
ガンで亡くなられたといううわさは聞いていた。まだ60代前半かと思われる
ご主人は、アルツハイマーなのだと 独身の息子さんがお茶を出してくれながら
話していた。息子さんはサラリーマンで農業をしないので、すっかりほったらかしに
してしまって・・・と頭を下げ、大きくなってしまったお茶の木も切ってもらえば助かる
し、どういうふうに使ってくれてもいいということだった。
 広い庭に ふたりで住むには大き過ぎる家。時代とともに 家族の形が変わるのは
自然の姿だけれど、先行きの不安を抱えた寂しさが飾り気のない薄暗い部屋に
漂っていた。できるものなら、誠実そうな息子さんのお嫁さんを世話してあげたいもの
だと話しながら帰ってきたのは秋の終わりごろ。
 それから、お茶の木は近所のおじさんがのこぎり1本で少しずつ切り、とうとうぜ〜んぶ
切られて山のように積み上げられ、それが枯れると、今度は風のないときを見計らって
燃やされた。これを自然農法を広げたいという志を持っている土建屋のおじさんが見て
一緒にやらせてほしいと土をトラックで運んできて、ブルトーザーでならしたのだ。
 私の家側のすみは、駐車場に借りることになっている。そして、その横に八朔(駿河
エレガント)の木を植える予定だ。無料でいいと言ってくれているが、たまには地主の家
を訪問して おふたりを見守る輪に連なっていきたいものだ。


投稿者: kun - 午前 10:08 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2008年 12月 08日

おしるこ

null
 「なんでおしるこ作ったの?」と聞かれて、「食べたかったから」と答えた。
おしるこなど 自分の食べたいものも簡単に作れて、ひとりで食べても
美味しいものは美味しいけど、一緒に食べてくれる人がいるっていい。
「美味しいね!」「うん」とただそれだけの会話でも、そばにいてくれる人が
いるということは幸せだなと思う。


 今日1泊の予定で箱根に行く。
オーベルジュ漣食事が魅力的な所なので楽しみだ。
前回行ったのは夏の終わりごろだったから、この季節だとどんなお料理が
出てくるんだろう。遠くに住む古い友人とそこで待ち合わせる。
「きょうは、帰ってきたら いないんだねぇ」と夫。
「クロがいるよ!」と言ってみた。
日常と違う日もたまにはいいかな・・・と出かける側は思う。




投稿者: kun - 午前 08:08 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2008年 11月 22日

干し芋

null

 今日は、干し芋日和♪
昨日や一昨日だったら、風でふっとんでしまったに違いないけど、
今朝は珍しいほどの穏やかな日。
そんな小さいの捨てれば?と言われながら、もったいない もったいないと
大事に持ってきたチビ芋たちばかり、洗って 蒸して 干した。
蒸す時間は、圧力釜で3〜4分でいいと思っていたのだけれど、どういうわけか
セットがうまくいってなくて、花に水をあげて もう開いてもいいころだなと戻って
きたら、まだガスがついていた〜〜〜あせった!!安納芋は、完全に蒸し過ぎ
で 形がない。。。
>それでも 捨てないケチケチオババ
紅あずま・安納芋・白とう芋に、紫芋も1本混じっていた。
ちなみに この紫芋は5cm。
紫芋は、料理用なので 干し芋での美味しさは期待薄。
 隣の畑のおばさんが「あんたちは、遅く植えて 早く掘って 正解だったよ!
あたしんとこは、掘るのが遅かったから イノシシにやられちゃった・・」
と肩を落としていたっけ。 その日しか空いてなかったので、一気に掘って
しまっただけだったんだけど。
このチビ芋たち、「もう 掘っちゃうの?」と土の中で驚いたかもしれない。
でも、イノシシの食糧でなく、うちのおやつになってくれて嬉しいわん♪


投稿者: kun - 午後 12:57 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2008年 10月 20日

茹で落花生

null

 「落花生」と、名前をつけた人はどんな人だったのかな?
素敵な名前だ! 花が咲き、受精後 つるのようなものが下に
伸び、このようなお豆が地中にできる。鳥などから実を守るためにそう
なったのかもしれないが、1ヶ所の畑では、(たぶんカラスだと思う)
しっかり実が掘られ 食べられていた。
 硬いカラをかぶったものは、コリコリ♪まだカラが硬くならないものは、
豆も柔らかくて〜それぞれに違った美味しさがある。


 10月に入り、「小澤実紀さんのカンテレとゴスペルコンサート」
昨日の「上村敏文・朋子ご夫妻の講演とピアノコンサート」と、前日の
夕食会など、深く親しく関わった分だけ 喜びも大きく、愉しいときを過ごす
ことができた。孫の1歳の誕生会、末息子の内定式、友人親子とのイモ掘り、
50人乗りの貸切バスで親戚や友人たちと旅行気分で出かけた逗子での
甥の結婚式・・・どれも今年の秋の、心に残るイベントだった。
こんなにも忘れられない嬉しいできごとと並行して、50肩や教会の礼拝堂の
耐震問題やさまざまな食品問題などがあり、さなかには、その痛みや心配は
時にそれらを飲み込んでしまいそうだった。
覆われそうになりながらも、感謝することを見つけ、喜びに満たされて生活する
こと、これは大変なことだ。
できそうにないなと思いながらも目標にしたいと思えることは、ま・いいことじゃん
と肩をぐるぐる回しながら 満開のコスモスを眺めている。

 

 


 

 

投稿者: kun - 午前 11:31 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2008年 10月 01日

焼き芋

null null
 3種類くらいのさつまいもを植えた。これは、皮が白くて 中は黄色。 甘い!!
孫が来るのを見計らって、自慢のさつまいもをオーブンで焼き、せっせと孫に
食べさせるじいちゃん。


 割ったお芋から 出ている湯気に興味津津。
右のフライパンでお肉を酒蒸し、左のフライパンで野菜を焼いていると、
体をゆすって リズムをとりはじめた。
えっ?!と驚いて、あらためて よくよく音に耳を傾けてみると、
ジュージュー ジャッジャッ♪
これは 音楽だ!! すごい!!
雨がみずたまりに落ちているのをじっと見る。
川の水が石にぶつかり、白くくだける、
流れ落ちた水で草がぐるぐる回転している、
あきずに見ている。
たんぼに置かれたワラの感触・・・小さな手で握っては
ぱらぱらとズボンにかけてみる。
「ほら カエルさんだよ」とカエルを掌にのせて差し出すと、
そーっと手をのばし触った。
ピョンと逃げたカエルにびっくり。
あとをハイハイでおいかけ、つまんで 口に入れそうになった。
なんでも 口に入れて 確かめてみたいんだね。


(昨日で1歳になった)幼子の周りのものに対する反応を見るのは楽しい。






投稿者: kun - 午後 04:18 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2008年 6月 11日

ポテトピザ




 お姉ちゃんのフーカが マイコプラズマ肺炎になってしまった。
外来で大丈夫で、食欲もまずまずあるようなので、フーカの好きな
ピザを作って届け〜ケンを乳母車に乗せて散歩に連れ出した。
途中 小さな子たちが遊んでいて、その周りで3人のママたちが
話していた。その路地で”ひとあぶら”売り♪
その後 何ヶ月か会っていない近くの友人宅へ〜”ふたあぶら目”
3歳のお孫ちゃんもいて、子供同士も嬉しそう。
 昔 田舎では、縁側がどの家にもあって、ばあちゃん達は孫守りを
しながら、縁側に座って お茶など飲みながら話していたものだ。
数年前までは、私達もこういう姿は 想像できなかったが。
近況情報を交換しあったあと、もぎたてのビワをいただき、家に。
 しばらくして帰ってきたじいちゃんと、犬とで 授乳時間に合わせて送り
とどけた。ケンは、帰りの500メートル位の道のりの400メートル位は
笑っていた。私が咳ばらいをしたその顔?が面白かったらしく笑ったので、
咳ばらいを繰り返すと そのたびに笑いヾ(@^▽^@)ノわはは
顔を紅潮させて爆笑する。息ができなくなるんじゃないかと心配になって
咳ばらいを止めていると、「ほら ほら 待ってるよぉ」と夫。
そう言われて見ると、じっと私のほうを見て 咳ばらいを待っている。
笑いのツボにはまってしまったケンに引き込まれて、私達も大笑い。
 亡くなった祖母が、「子供がいると笑えて 嬉しいよ」と口ぐせのように
言っていたが・・・・その気もちがわかってきた今日このごろ(^^)





投稿者: kun - 午前 11:19 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク

2008年 3月 08日

フルーツジャムヨーグルト


 地方新聞に昨日の”世界祈祷日”の記事が載っていた。
よほど ニュースが少なかったのか?!
世界のキリスト教の信徒が同じテーマで集会を持ったのだ。
日本では1932年以来 45年を除いて毎年行われてきた。
こういうことをしようと思いついてやり始めた人たちはすごいと思うし、
それが世界に広がり、長く続いているということも素敵〜♪
今年の担当国の南アメリカにあるガイアナ協同共和国
で作成された冊子(『天上の知恵ー新たな理解』−ガイアナからのメッセージー)
をよくよく見ると、聖書研究から ガイアナのことまで実に丁寧に作ってある。
行ってみたい国に ガイアナも加えられた(^^)
今年 集められた献金は、インドの路上生活の子供達の村づくり
のためや、ネパールの人々と共に歩む会などなどに送られる。
 私達の地域では藤枝で行われたので 行ってきた。
これからも出来る限り 出席したいなと思わせられた有意義で
楽しいひとときだった。 


投稿者: kun - 午後 10:36 | | トラックバック(No Trackbacks) | 固定リンク
«Prev || 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 || Next»