2011年 7月 31日

1951年産 ワイン

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 子供たちたちからのプレゼント♪
1951年に造られたワイン
「いくらぐらいするのか?と ネットで調べたりするような
ヤボなことしないでね」と三男に言われた。
なので、それは調べないでいるけれど、
1951年には どんなことが日本や世界で起こったのか?
を、ざっと調べてみた。

 子供たちが成人するまでは、生かされていたいと願っていた。
末の子ももうすぐ25歳になる。
もう皆 自立し、それぞれ個性は違うが、願いどおりにたくましさと
優しさを備えた人に育ってくれて 嬉しい限りだ。
思い残すことは ひとつもない〜けれど、まだ 生かされていて
それはそれで 感謝だ。

2011年 7月 30日

うなぎ弁当

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 福島原発事故が起きる前から、野菜は家でとれたものを中心に
ないときは、地場産品を農協のお店で買うことが多かった。
それでも 洗い方はより丁寧になっている。
 魚は、サバやイワシ、 サンマ、マグロなどが好きだが、めったに
買わなくなった。 樺太産のししゃも、チリ産の鮭は養殖だけれど
たまに買う。
 国産の牛肉は高いから、買ってもバラ肉だったが 事故以来
それも買う気になれなかった。
豚肉は、今では オーストラリアやアメリカのものばかり。
 ワカメは大好きで 毎日のように 味噌汁 サラダ 酢のものなど
に入れていたので いつも冷蔵庫に入っていたが、消えた。
あれ以来。
 風評被害を防ごうとよく言われることで、申し訳ないと思っていたが
無理して 食べることもないのではないかとも考えていた。
やはり 恐れていたとおり 残念ながら、汚染された牛肉が出回って
しまった。
 今度は、産地偽装事件が起きないか 心配している。 

2011年 7月 29日

モロヘイヤの鰹節けずりかけ弁当

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 老人ホームで夕涼み会をやっていた。
庭に用意されたテーブルで、皆さん 美味しそうにスイカなどを食べていた。
 介護士らしきお姉さんがアナウンスをしている、
「焼きそば、チョコバナナ、・・〜〜・・・などのバイキングです。
座っているところに届けませんよ。
食べたいものを自分でとりに行ってくださいよ!」
 もう少し、目上の人を敬う気持ちがこもった温かみのある言い方を勉強して
ほしいものだ。もしかしたら、気持ちはあったとしても、その言い方からは 
敬う気持ちは伝わってこない。
語尾の「よ」はつけないほうがいい。
 
 よく訪ねる高齢者のグループホームでも、若い人たちが多く働いているが、
同じようなことを感じることがある。
車椅子をテーブルから いつもより遠くに止めて伝って歩いていこうとした人に
「ここに(車椅子)止めていいんだっけか? ここからだと(離れていてあぶないから)
だめだよねぇ、そういうふうに決めたんだよねぇ?」
と20代の職員が言っていた。
その方は私がそばにいたので、そうしたのだった。言われているその方の
表情が悲しそうで かわいそうだった。
危険を避けるために、言ってくれたと思うので 言い方だけの問題かと思う。
 
 デイサービスで使う出席カードが、幼稚園でもそのまま使えそうな〜というか
幼稚園で使うもの?〜動物の絵などを書いたものを使っている介護事業所に
行ったときも、入口でいきなりショックだった。
 なにも感じない人もいるかと思うが、そうでない人たちはつらいだろうなと思う。
もっと大人の気品のあるおしゃれな出席表を使ってもらいたいものだ。

 認知症になっても、相手が自分のことをどう思っているのかなどの認識はできる
ケースが多いと いつか聞いたことがある。




2011年 7月 21日

うま煮弁当

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 「寂しい」と母はよく言う。
1人住まいだから無理もないと思いつつ、時には言う
「誰でも 寂しいときはあるよ」と。
 母と同じ年で、日々を感謝しながら 生きている人を知っている。
そんな話から、お祈りの話になった。
「私も毎日 お祈りしているよ」と母が言うのだ。
驚いた。
どんなことを祈るのか聞くと、夜 寝る前に
無事に過ごせたことの感謝と明日も子供たちともども 守って下さい。と
祈るのだそうだ。
最後に「イエス様の御名を通して 神様お願いいたします。アーメン」
と祈ると聞いて、またまた 本当に驚いた。
どうして そんな祈り方知ってるの?と聞くと、本人も首をかしげる。
数分前のことも忘れてしまう母だから、きっと若いころの記憶なのだろう。
 お寺と深く関わっている家だから、キリスト教は受け入れない!キリスト教
の話はタブーという雰囲気が漂っていた。私が洗礼を受けるのも反対される
に決まっていると思ったので、事後報告だったくらいだ。しかし、子供のころ
母に連れられていった母の友達の家で母とその友人が讃美歌を歌っていた
ことを覚えている。
母の古い記憶の底から引っ張り出されたような祈りは、認知症にならなければ
しなかったことかもしれない。
神様のなされることは素晴らしいなあと心底 驚きとともに感動した。
   

2011年 7月 20日

野菜ビーフン炒め弁当

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 夕食後 しばらくして、夫とたんぼ道を散歩する。
ほとんどの夜 走っている女性に会う。
いつも白い服を着ている。 数日前の満月の夜だけは、ピンクだった。
私たちが歩くコースとだぶるところがあるらしく、大抵 一晩に2回ぐらい会う。
 遠くに白い姿が見えて だんだん 近づいてきて・・・
すれ違うとき、「こんばんは!」と挨拶をかわすようになった。
最初は私たちのほうからだったが、時には あちら側からのこともある。
顔もよくわからないが、小柄な女性で、ピョンピョンと走っている姿は
まるでうさぎのよう♪
密かに私たちの間では、”うさぎさん”とよぶようになった。
 「あっ うさぎさんだ!」見つけると小声で言う。
「今日は うさぎさんから 挨拶してくれたね」などなど。
今夜は、台風の影響で途中から小雨が降り出した。
こんな天気だからか、うさぎさんに会わなかった。
なんとなく ものたりない。

2011年 7月 18日

うな玉弁当

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 最初 ゴーヤを料理したとき、食卓に出したものの 誰も二口目を
食べる人がいなくてそのまま 捨ててしまった。
 いろいろ 工夫 経験を重ねているうち、今では 末の息子まで
ゴーヤ料理大好きになった。

ゴーヤチャンプルの作り方

?ゴーヤを半分に切り、 ワタをきれいにスプーンで取り、5ミリほどの
厚さに切る。
?塩を多めにふり 混ぜ、15分ほど置き、水道の水を出しながら まんべんなく
よーく 洗う。
?水を手で押して切り、フライパンにごま油をしき 炒める。
 お年寄りなど歯の悪い人がいた場合は、ここで丁寧に柔らかくなるまで炒める。
?みりん・醤油・水またはだし汁を適宜入れ 少し煮る。
?豆腐を手でつぶして入れ、(卵も入れても良い) 炒め煮。
 最後にごまをふる。

2011年 7月 16日

肉レタス包み弁当

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 最近 読んだ6冊の本を久々に「読後感」にアップした。
読んですぐのときには、感想もわけなく書けるのに、
最高で1ヵ月はたっているものもあるので、一体 どういうことが
書いてあったんだか 印象も薄くなっていて、難儀した。
 マメにすぐやらなくてはいけない・・
それか そのコーナーは削除するか? 楽なほうに傾きそうな気配。
曽野綾子さんが、お風呂に入って 着替えることも大変で省略
したくなるときがあるというようなことを書いていたが、今 母は
そんな様子だ。 
私も、心して気をはっていないと、もっと年をとったら そうなるかもしれない。
 

2011年 7月 15日

インゲンソテイ弁当

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 孫の自由参観日だった。
時間とやることなどをママがメールで教えてくれたので、
暑い中出かけていった。
 20人近い親たちに交じって、婆も私以外に2人いた。
外で水遊びをしていた孫が、私を見つけて
「バーバァ! ケンチャンの幼稚園に(お部屋)行ってもいいよ!」
と叫んでいた。
あとは、周りを全く気にせず、水遊びを楽しんでいた。
 私の隣りで立派なカメラを持っていた若い男性に声をかけた。
カメラマンかと思ったら、父親だった。
休みをとって、前日も来たのだそうだ。
初めての子なので、頑張って 良いカメラを買いましたとのこと。
写真を沢山 撮ってあげたいと。
どの子が子供さんなのか聞くと、ポツンとプールの脇で座って
寒そうにふるえている子だった。
昨日は、ずっと泣いていたのだそうだ。昨夜、ヨメにうちの子はあれで
いいのか?!と話し合いをしちゃいましたと言う。
 (口には出さなかったが、)過保護なのかもしれないとも思いながら
も、一生懸命頑張って子育てをしている様子だったので、微笑ましくも
思った。 

2011年 7月 14日

カボチャ煮弁当

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 仲良しだった幼友達が、パーキンソン病になって 数年たつ。
前から同窓会に誘っていたのだが、行くの辞めると電話があった。
トイレがたまに手助けしてもらわないとすませられない・・・
ソファーに座ると、立ち上がれなくなるということだった。
困らないように、私が付き添うからと言ったが、やはり 今回は
辞めると言う。
 確かに、そういう姿を同級生たちに見られるのは、嫌なのかも
しれない。
 老いていく、突然 病気になるというのは 多くの人たちが
経験することなのだから、恥ずかしいことでもなんでもない。
堂々としていればいい・・と思うけれど、本人にしてみれば、まだ 
若いのに〜という思いがあり、悲しくて 心の整理がつかないようだ。

2011年 7月 08日

切干大根煮弁当

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 「こんにちは!」
玄関で大きな声。
なんてかわいい声なの(^^)〜といつも思いながら、玄関にとんで行く。
 玄関のやや重いドアを開けたり閉めたりできるようになった。
「ケンチャン アケレルヨ!」と、得意気、 たった それだけのこと
だけれど、一緒に感動した。
クロ(犬)の紐を持って、散歩ができるようになった。 
時々 引っ張られてもころばない。
眠そうで 疲れているような時、
「おんぶする?」と 背中を向けて座っても、「いい」と断ることがある。
 最近、ジージと廊下で「ミニカーレーシング対決」をするようになった。
ジージが表を書くと、勝ったほうに○をつける。
○の数を数えて、自分の合計の所に「12」 ジージのほうに「2」という
具合に書く。
 ただ、負けるのが嫌いだ。
明らかに、ジージのミニカーのほうが、何十センチも 前にあるのに
「ケンチャン カチネェ!」と言って、表に○を書く。
「ジージのほうが勝ちじゃん」と私が言おうものなら
「ケンチャンダヨ!」と半べそをかく。
 この負けたくない気持ちは、本能的なものかもしれないねと夫は言う。
動物のオスは、なんとしてもメスを獲得するために、争う。
勝ちたいという思いは、それと共通するものだと。

 

2011年 7月 06日

夏野菜たっぷり弁当

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 不満、 憤懣〜猛暑〜どうせ化粧したところでしょうがないし・・・
プンプン イライラ スッピンで買い物に出かけた。
 スーパーに入ろうとした時、カートを押して 足がご不自由なおばあさんが
ゆっくり出てきた。
その自動ドアの脇で、陶器屋さんが店を開いていた。
陶器屋さんで買いたいものもなかったけれど、おばあさんが出られてから
入ろうと、待っていると気づかせないように、なにげなく商品を見ていた。
 おばあさんが通りすがりに
「かわいい良い柄のスカートね! バッグもかわいいし!
 品の良さが表れているようね」と言われた。
えっ?!と、周りを思わず見まわしたが、私しかいない。
「ありがとうございます」 
おばあさんを見ると、穏やかな笑みを浮かべていた。
恥ずかしくなって、そそくさと中に入った。
 スーパーの入り口での ほんの数秒のできごと。
プンプン イライラは、あからさまにスッピンの顔に出ていたことだろうに。
神様がそんなどうしようもない私を憐れに思って、おばあさんになって
声をかけてくれたに違いないと思った。 

2011年 7月 04日

大豆かき揚げ弁当

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結構 長い文章を書いたのだけれど、消えてしまった。
残念でもあるが、やっぱり 載せないほうがよかったことなんだと
思うことにした。

2011年 7月 01日

ジャーマンポテト風弁当

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 草刈りをして、毛虫かぶれしてしまった。
かなり かゆくて、夜中に目がさめてしまうほど。
腕の内側のほうなので、人には気づかれにくい。
 職場で、脚立にのぼり、壁の上のほうのほこりを取っているとき
赤い発疹に I さんが気づき、
「ヤァ・・・ どうした?!」と心配してくれた。
次に行ったときにも、「かわいそうに・・ひどかったね」とかぶれにそっとふれ 
まず 気にかけてくれる。
 I さんの腕や首には、リスクカットの痕がいくつも生々しく残っている。
最初のころは、新しい傷にカットバンをしていることが多かった。
心の痛みをそういう形で訴えているようで、どうして接したらいいのか
戸惑ってしまっていた。
そういえば・・・嬉しいことに、最近 そういうこともなくなってきた。
 かぶれは、かゆかった峠を越え、疹が小さくなってきている。
結局、発疹に気付いたのは 彼女だけだった。